このホームページを一緒に作ってくれるCURIOUSのみなさんから、こんな部屋をいただいた。
「なにをかいてもいい」って言われ、「ホントにいいの!」ってもう一度聞いたら、 「もちろん!」と嬉しいお言葉。
ヤッター! つまんないことを書くかもしれないけれど、ぜひお友達を誘って遊びに来てくださいね。

2013/04/02

Vol.75 あれは何だったのだろう?



暖かくなった春の午後、海辺に出た。
遊歩道を埋める砂山の向こうに、空だけが広がっている。
不思議な視点
上空の風が地上の小さな体にも流れ込んできて、
持ち上げられるような感覚に襲われた。
すると、突然思い出した。
すっかり忘れていたのだけれど、
修学旅行で行った沖縄の読谷村の奇妙な時間。
ボクと生徒はオリエンテーリングで道に迷い、
サトウキビ畑の中をぐるぐる。
疲れ果てて、坂道に座り込んでいた。
辺りは、サトウキビ畑の続く丘と空、
象のオリと呼ばれた米軍のレーダー基地が見えるだけ。
誰かが捜しに来てくれるだろうと、
ぼくたちは黙って道を見上げていた。
長い時間が流れ、眠くなった頃、
現れたのは、ねこ。
ちらっとぼくたちの方を見て、畑の中に消えていった。
次に現れたのは、牛。
道の真ん中に座り、しばらく空を見上げて、のっそり消えた。
つぎにリアカーを引いたおじいさん。
汗を拭いて、腰をのばし、一服してまた畑の中に入っていった。
道の上には空。
うとうとしていると、
「ほら、見て」
ぼくを起こした生徒の指先には、ミミズが必死の様相で地面を這っている。
その後ろに、長いアリの行列。
「ほらー、あれはなあに?」
ちょっと緊張した生徒の声に空を見上げると、巨大な影。
何だ?
象だ!
レーダー基地から逃げ出してきたのか?
風が突然吹きはじめ、
サトウキビ畑がざわざわ騒ぎ出した。
すると、道にはつぎつぎといろんなものが現われた。
杖を突いたうさぎ、麦わら帽子のかかし、赤い顔のゴーヤチャンプル
ソーキそば・・・
そんなものが踊りだして、空に消えていった。
あれは何だったのだろう?
海辺で、年を取ったボクは感傷に浸る。
昔、
ボクはそんな時間を持っていたのだ。




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2013/03/29

Vol.74 カエルの部屋、求む



春も終わっていないのに、
私の頭の中ではカエルがとびはねている。
それも一匹ではない。
何匹も頭の中の思わぬところから現われて、
準備体操のように、手足や背をのばし、ジャンプしはじめる。
彼らのぬるぬるした感触や変幻自在の動きは耐え難い。
「私の頭は、お前たちの池ではないぞ!」と怒鳴るのだが、
お構いなしだ。
でも、ま、カエルだからね、仕方ない・・・。
奴らの顔は、百カエル百様。
どうにもしまらない、情けない顔が多い。
まん丸な目がひょうきんさを装うが、自己中心。
好き勝手に頭の中を動き回っている。
どうして、こんなにカエルが私の頭に棲みつくようになったのか?
理由は分かっている。
もう何回か、ここでも紹介しているが、いま制作中の
フェースofワンダー絵本の「小さなみどりのカエル(仮題)」。
そこから抜け出してきているのだ。
彼らが、「もっと広い世界につれて行け!」とやたら訴えているのだ。
狡猾だから、決して口にはしないけれど、
私にはそんな彼らの脅迫めいた合唱が聞こえてくる。
で、私は五月のゴールデンウィークにやる、
藤沢の蔵まえギャラリーの「般若心経展」に
彼らを解き放とうとひそかに考えている。
でも、一方で無理だろうなと、半分あきらめてもいる。
蔵まえは、ギャラリーといっても100年前の米屋だ。
カエルが移住するには、いい棲み場所がないのだ。
土間や上がり框があったり、がたつく障子が傾いていたり・・・
どこにこんな数の彼らを住まわせることができるのだ?
どこかに彼らがおとなしくなるカエルの部屋の物件はないものか?
私の目はきっと快適な水辺を求めてさまようカエルのように、
うるうる涙ぐんでいるに違いない。
ああ、彼らがいなくなったら、
どんなにすっきりするだろう?




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2013/03/26

Vol.73 春に…



いつの間にか春が来ていた。
例年だと、「ああ、冬が終わった」って実感する季節の変わり時が、
今年は、ついに訪れなかった。
感受性が衰えたのかな?
でも、仲間たちはしっかりと季節を体中で受けとめている。
Kさんは、冬から春へと流れていく季節、
一年で一番、絶不調になる。
今年もそうだ。
言葉が間のびし、目の焦点も定まらなくなる。
高校生の時はハイテンションになり、
私達には見えない何かに誘われているような行動が
波のようにくりかえして訪れていたが、
今年は春時間に溶け込んでいるように、
ひたすらゆっくりした動きをしている。
そんなKさんに「きょうはこれを描いてよ」と
野兎に二匹の写真を渡した。
「これを描いてよ、これを描いてよ・・・」
Kさんは言葉を繰り返し、スケッチブックに描きはじめた。
茶色の5cmほどの線を何本も描き、
それからオレンジ、赤と移っていく。
いつものように激しく色を重ねる、力強さはない。
丁寧でやさしい色彩が層になって生まれている。
冬の芝生にわずかな草の芽が伸び、
陽射しが当たっているような優しさだ。
首を傾け、絶不調に耐えながら
ひたすら描きつづけるKさんのどこから
こんな光のような色彩が生まれくるのだろう?
ときどき、息継ぎをするために水中から顔を出す生き物のように
首をのばし、宙を見上げるKさんの目が泳いでいる。
「無理しなくていいよ」と言葉をかけるが、
Kさんは、また私の言葉を繰り返し、絵に戻っていく。
スケッチブックには、
陽だまりの野兎が二匹。
ちょうど、掌の器のような大きさでこちらを見ている。
光を満たす器?
そんな言葉が春先のKさんと重なった。




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2013/03/22

Vol.72 切り取られた風景



その日は、この冬何番目かの春一番?の風が吹き荒れていた。
湘南に向かう小田急線もダイヤが乱れ、
私は駆け足で藤沢市の蔵まえギャラリーに向かっていた。
すると、風の中に甲高い声が聞こえてきた。
緩やかな坂道の途中の工事現場、
風にあおられる砂塵防止用のビニール幕の中に彼がいた。
「これは、新宿の街ですね。ワタクシは覚えております。」
嬉しそうに黄砂が舞う駐車場の路地裏を見ながら声をあげている。
「M君!行こうよ、始まるよ」
声をかけると、びっくりしたように表情が変わり、黙って歩き出した。
私は、何だか悪いことをしたような気になって、M君の後ろを歩いた。
蔵まえギャラリーの二階が、その日のフェースの活動場所。
M君は、前回の「エミュー」の絵の仕上がりに取りかかると、
あっという間の早業で終わらせ、ほお杖をついて窓からの風景を見ている。
「M君、次は何を描きますか?」
聞くと、珍しく自分から描きたいものを言った。
「街を描きます。黒い紙をください。紙をください!」
机の上に紙を広げると、修正ペンで一気に描きはじめた。
手前に、大きなビルの壁が描かれ、その向こうに駐輪場・・・
なにやら見たことのある風景。
「新宿の街に似ております。覚えております、覚えております。」
Mさんは、小さく、つぶやき続け
「もう少し窓を開けてください。窓を開けてください」
窓を開けると、黄砂に濁った空の下に、
Mさんが描いている街の風景が広がっている。
もう一度、Mさんの絵を見ると、
荒々しいタッチで、ビルの壁が白く塗られ、
やむにやまれぬ切羽詰まった感情がむき出しになっている。
「ああ、これはユトリロですね、ユトリロです!」
私がつぶやくと、
Mさんは手を止めて、「ユトリロって何ですか?」と聞いてきた。
で、私は答える。
「はい、ユトリロは君のように偉大なゲージツカです。」




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2013/03/19

Vol.71 あじな●(マル)



私は、フェースの仲間が描くマルが好きだ。
マルには彼らだけの味がある。
どんな味なのか?
言葉にするのは難しいけれど、
マルを描いてもらうと、
辛いか、甘いか、しょっぱいか、ま、想像はつく。
それに、マルは時々、不思議なことをする。
普通、マルを描くのは彼らの手だけれど、
いくつもマルを描いていると、
何かの拍子に突然、
マルが、坂道を転がるおむすびのように、
紙の上を走りだすことがある。
そんな時、手はマルを追っかけて、くるくる自在に動いている。
マルの不思議な力はそれだけじゃない。
マルは彼らの心のように、微妙に形を変える。
マルにおおらかさがなくなり、
小さく硬くなってきたら、
「せっぱつまってきたよ」という仲間の合図かもしれない。
マルがゆっくり大きくなってきたら、
心が開いてきた証拠。
指先で描いていたマルが、手首で描くマルになり、
それから肩を回して描くマルになる。
そんなふうにマルが体の中にひろがっていく。
マルは一方通行じゃないから、
そんなマルが響きあって
部屋に満ちるとき、
見えない心の波紋のようなぬくもりが、
仲間たちと私をつつむ。
そんなマルを描く時間が持てたら、
私は幸せなのだ(笑)




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