このホームページを一緒に作ってくれるCURIOUSのみなさんから、こんな部屋をいただいた。
「なにをかいてもいい」って言われ、「ホントにいいの!」ってもう一度聞いたら、 「もちろん!」と嬉しいお言葉。
ヤッター! つまんないことを書くかもしれないけれど、ぜひお友達を誘って遊びに来てくださいね。

2014/07/04

Vol.200 雨の日、川を眺める



午後になると雨雲が街を覆い、スコールのような雨が降る日が続いた。
その日も、家を出るとき、雨が降り出した。
その日は小さな住宅街で仲間たちとアートする予定が入っていた。
南の空は、明るくなっているので、しばらくすれば雨は上がりうそうだったけれど、
時間がなかった。
で、あきらめ気味に川沿いの道に向かって歩き出した。
人気のないグラウンドを横切っていると、突然、雨しぶきと土の匂いに包まれた。
傘が壊れた。
身体に浸みこんでくる雨の冷たさが気持ちよかった。
数日前から、ワタシは渇いていたのだ。
Hさんに絵を依頼している 『海辺の世捨て犬』の過激な色彩やタッチが舞い上がり、身体を内側から焼いていた。
『海辺の世捨て犬』は、ささくれ立った気分を増長させる。
アナーキーで救いのない話だ。
海辺に寝転がった犬は、一日、砂に埋まったテレビを眺めている。
テレビは奇妙な言葉を繰り返している。
「年ヲトルト、生者ハ、ミナ苦イ自分ヲ知ル」
海辺を徘徊するじいさんは帰るべき「マイ・ハウス」を失い、
砂山に捨てられたバス停で、ばあさんは来るはずのないバスを待ち続ける。
感傷的な影はどこにもない。
そんなアナーキーな海辺にワタシも迷い込んでいたのだ。
雨に濡れていると、現実がゆっくり戻ってきた。
壊れた傘を無理やり広げ、そのまま歩いた。
川の道に出るには、急な坂道を降りなければならない。
滑りやすい凸凹した道を降りていると、濁流の流れる川が皮膚をめくった、もう一つの道のように光って見えた。
坂道を降り切ったところに、河岸の工事現場がある。

川にせり出すように土嚢が積まれ、小さなシャベルカーが雨に濡れている。
上流から増水した濁流が、その足元を削るように流れている。
ここを通る時は、いつも本能的な危険ランプが点滅する。
たわみ続けた世界のバランスがここで一気に崩れ、風景は一変する。
そんな不安だ。
橋を渡ろうとしたとき、ワタシは足を止めた。
橋の真ん中あたりに黒いものがうずくまり、下流に下っていく濁流を見ている。
犬だ。
世捨て犬だと直感する。
河口から30kmも遡ったここまで来て、何を見ているのだろう?
この先に海があるのだ。
ワタシは傘で顔を隠し、しばらく黒犬と一緒に川を見ていた。






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2014/07/01

Vol.199 Rの線



疲れて、もう一歩を踏み出すことができそうにない夕暮れ、
心の中に浮かんでくる一本の線がある。
それは、筆で押しつぶしたような荒々しい墨の線だ。
穂先の乱れた筆跡が黒い線のまわりに血管のように広がり、
薄墨色のにじみが何層にもなって紙に浸みだしている。

これを描いたRとは、高等部の3年間を一緒に過ごした。
Rは棒のような人だ。
思ったことは時を置かず、行動に移す。
周りとの衝突をおそれず、まっすぐ走り抜けていこうとする。
それを押さえられると、歯ぎしりし、荒らしく叫び、ジャンプする。
一本の線は、そんな時に描かれたものだ。
その日、Rは荒れて、ジャンプを10分近く続けた。
それから、疲れ切ったように椅子に座ると、一本の筆を持ち、激しく紙に突き立てた。
目が据わっている。
腕をまっすぐ伸ばしたまま、大きく肩で息をして、それから動かなくなった。
どれくらいの時間が経ったのだろう?
発作かなと心配し始めるころ、ゆっくりゆっくり筆が動きはじめた。
本当にゆっくり。
見つめていると疲れるような時間をかけて、線が引かれていった。
わずか20cmほどの線。
そこには理不尽さに耐え、それでも自分であろうとするRの想いがこめられている。

自分がどこに行こうとしているのか分からなくなる夕暮れ、
Rの線は一本のわだちに見える。
どこに進んでいった痕跡なのかは分からないけれど、
確かに、ワタシの前を歩んでいった人がいたのだと勇気づけられる。

Rは、いまも叫び声をあげながら街を駆け抜けているのだろうか?






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2014/06/27

Vol.198 どこにもいない人に会いにゆく



手元にきれいな装丁の一冊の詩画集がある。
長田弘の「詩ふたつ」という本。
クリムトの木々と花の絵と「花を持って、会いに行く」、「人生は森のなかの一日」という二編の詩が収められている。
花の季節になると、ワタシはこの本を開く。
伊豆のあばら家の裏には野いばらの茂みがあり、
この季節、木苺の黄金色の光と香りが林の中を流れる。
濡れたような木苺の蜜を求め、虫たちが群がる。
聴力を失ったワタシの耳には、
虫たちの羽音や木々の葉擦れの音は聞こえないけれど、
生殖の季節を迎えた彼らの歓びや生命のリズムは、身体の中に流れ込んでくる。
それは深いところに沈潜し、硬くなったワタシの生命を目覚めさせる。
そんな時だ、この本を手に取りたくなるのは。
ワタシは椅子を木陰に出し、ゆっくり頁をめくる。
ふたつの詩は、死者へのオーマジュだ。

春の日、あなたに会いにゆく。
あなたは、なくなった人である。
どこにもいない人である。
どこにもいない人に会いゆく。
きれいな水と、
きれいな花を、手に持って。
どこにもいない?
違うと、なくなった人は言う。
どこにもゆかないのだ。
いつもここにいる。

詩は、そんな言葉で始まる。
グスタフ・クリムトの花はむせかえるように咲いている。
ワタシは目を閉じる。
ワタシの母も花の季節に死んだのだ。
一度だけ、この伊豆のあばら家に遊びに来た。
車椅子の母は相模湾の見えるベランダに出ると、
鳥の声と風に吹かれながら目を閉じていた。
それから、手すりに身を預けるように立ち上がり、
遠くの海に向かって手を差し出した。
その姿が手の中の本から浮かび上がってくる。
「ええのう、ええのう」
生まれた国の言葉でつぶやいた母の柔らかな声がきこえてくる。
花の季節、
ワタシは母に会いにゆく。
木苺の咲く日、
母は遠く相模湾の海を見ながら、ワタシを待っている。





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2014/06/24

Vol.197 目を描く



最近、ずっと気になっているものがある。
それは目だ。
世界の各地で広がる戦火、貧困のニュースが流れるたびに、
ボクは子どもたちの目に魅かれる。
家を追われ、行くあてのない道を往く母親の背でカメラをまっすぐ見つめる子どもや
雨に打たれながら、ゴミの山で売れそうなものを探す子どもの目に、
ボクはオロオロした気持ちになる。
栄養失調で頬のこけた顔の中心に、キミたちの目は大きな宇宙のように開かれている。
そこに何が映っているのか、ボクには分からない。
そこには世界の悲しみがあるような気がする。
ボクはいまの自分が恥ずかしくなる。
子どもたちの目は美しく、こわい。
それでいいの?
あなたの口にする希望はどこから生まれるの?
子どもたちの目は、まっすぐそのことを問いかけてくる。
ボクは、その答えを持たない。
ただ、うろたえ、オロオロし、目を閉じたくなる。

で、梅雨の晴れ間の蒸し暑い土曜日、
ボクは仲間たちと目を描くことにした。
まずは、八つ切りの画用紙一杯に大きな目を描く。
今朝、開いたばかりの葉っぱのような目
4分の1にカットした西瓜のような目
熱帯魚のような鮮やかな色彩の目
上空から見た丸い池のような目
いろいろな目が生まれる。
次は、瞳を描く。
15cmほどの丸に、見たいもの、心に浮かぶものを描く。
仲間たちは、いつもと違った試みにニヤニヤし、いろいろなものを描きだした。
もちろん、描けない仲間もいるから、一緒に何かを描く。
線とか点とか指で延ばした線とか・・・・携帯から探し出したキャラクターとか白菜とか目の前に転がっている絵の具のチューブとか・・・いろいろ。
いろいろっていい。
もっともっと、いろいろなものが生まれてくればいい。
最期に、仲間たちが描いた瞳を目に貼り付けると、不思議な目がボクたちを見つめている
ボクは一つのことに気づいた。
15cmの小さな瞳がうつしているモノ。
それは地球なのだ。
目の中には地球があるのだ。
小さな試みだったけれど、これからもいろいろな人と目を描いていこうと思った。






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2014/06/20

Vol.196 すぐそこにいる



もう夏だね。
すぐそこにいる。
雨の匂いが流れる狭い路地の夕暮れ
ボクはわずかなワインに酔いながら、
「夜の散歩」と題した不思議な線描の街を眺める。
K君が韓紅の紙に、修正ペンで描いた、狭い街並み
流れていく魂が彷徨するような時間、
酒場の窓際のテーブルには二本のリキュール、
ゴッホは「アブサン」という絵を描いた。
そんなアブサンを飲みに行ったまま還らない友がいる。



サボテンの花が咲いた。
夜、湿った風の吹きぬける露地に甘い匂いが流れた。
懐中電灯の灯りを当てると、
鳥の子色の花がゆっくり顔を持ち上げた。
藤色の紅をさし、わずかに笑っている。
闇の中に匂いが強くなった。



夜明け、
露に濡れた林を歩くと、
いつのまにか身体も水の膜に包まれている。
クヌギの根元がほの白く、
茶と灰色のにこげが散っている。
夜の遊びの置き土産のように、地面にはドングリ
こんな季節にとつまみあげると、するりと指から逃げた。
目を凝らすと、ひとつ、ふたつ
濡れた草むらに続いている。

ああ、もう夏だね。
すぐそこにいる。



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