このホームページを一緒に作ってくれるCURIOUSのみなさんから、こんな部屋をいただいた。
「なにをかいてもいい」って言われ、「ホントにいいの!」ってもう一度聞いたら、 「もちろん!」と嬉しいお言葉。
ヤッター! つまんないことを書くかもしれないけれど、ぜひお友達を誘って遊びに来てくださいね。

2015/09/04

Vol.315 セロテープに教えられる



8月最後のワークショップを太陽の家でやった。
広島で25日から27日まで壁画制作のワークショップをやり、
帰ってきた翌日だったので、4日間連続。
さすがにへばっていた。
その日の取り組みは綿棒を使ったアート。
ボクは、グル―ガンと瞬間接着剤を使って、綿棒を接着し、ジャングルジムのようなオブジェ制作をもくろんでいたのだけれど、一つ不安があった。
グル―ガンや瞬間接着剤は接着力が強力なので、使える仲間たちがどれだけいるだろうかという不安だ。
普段使っているボンドだと接着に時間がかかりすぎ、継続した活動が困難になり、結果、集中力が途切れていく。
もちろん、接着剤が使えない仲間たちには、オブジェの色塗りという作業も用意はしているのだけれど、どうしてもオブジェができるまで手持無沙汰になる。
どうしたものかなあと不安を抱えたまま、太陽の家に向かった。
その日の参加者は、夏休みなので小学生から高校生までの若い仲間たちが中心。
支援員さんたちと活動室に入ってくると、何が始まるのだろうと不安になって泣きだしたり、声を荒げたり・・・子どもたちも緊張している様子。
まずやることはリッラクスしてやる気を引き出すことだ。
でも、接着のいいアイデアが浮かばないので、ボクもいま一つリラックスできていない。
ええいままよ!
「はあい、きょうは綿棒を使っていろいろな形を作っていきます!どんな形になってもOK!くっつけるのは、ここにあるグル―ガンでもいいし、セロテープでもOK!うまくくっつかなくてぶらぶらしててもいいよ。出来上がったらそれを組み合わせてもっと大きな形にしていきましょう!」
見本を示しながら、大きな声を張り上げているうちに、セロテープでやればいいやという究極のイメージがはっきりした。
仲間たちがリラックスするには、扱い慣れている材料が一番なのだ。
作品よりも、活動の時間を仲間たちが楽しむことが大切なのだ。
制作がスタート。
グル―ガンを使う人は主に支援員さんやアシスタントのスタッフ、仲間たちはセロテープという二極化で始まった。
すると実に面白い現象が生まれたのだ。
グル―ガンを使う人たちは基本となる三角形や三角すいを作り、それを組み合わせた直線的な幾何学模様のオブジェになり、セロテープを使って綿棒やストローをぐるぐる巻きにくっつけていく仲間たちのオブジェはねじまがったり、緩やかな弧を描いたり、複雑な神経線維(シナプス)やジェットコースターのような面白感のあふれたオブジェになっていったのだ。
制作途中の彼らの表情も180°違う。
一方は規格製品をつくるような真剣さで硬く、もう一方は掴んだものを自由に貼りつけ、どんどん大きくしていく喜びに目が輝いている。
使う道具や材料によってここまで表情が変わるのかという事実。
ああ、ボクはまたひとつ大切なものを教えられたようだ。




2015/09/01

Vol.314 広島で『HIROSHIMA/ゲルニカ』を描く



8月25~27日、広島市の被爆70年ピースアートイベントに招かれ、広島市立特別支援学校高等部の仲間たちと「HIROSHIMA/ゲルニカ」の壁画制作に取り組んだ。
1.4×6mの大きさ。
HIROSHIMAとゲルニカはボクの中で一直線に結びついている。
ゲルニカは1937年人類史上初めて焼夷弾による市街地への無差別爆撃が行われた街で、HIROSHIMAは何十万という人々を一瞬に殺戮する無差別大量兵器・原子爆弾が落とされた街だ。その間、わずか8年、人類の愚行は深まる一方だ。
二つの街は、人類が持っているそんな愚かさを痛みのように心に刻む象徴的な存在なのだ。
ピカソは、その愚かさ、悲惨さをモノトーンで描いた。
ボクはあふれるような色彩と線群で、もう一つの「ゲルニカ」を仲間たちと描きたかった。
そこに現代の希望のようなものを見つけ出したいと願っていた。
制作の幕開けは台風にたたられた。
石垣島で風速71mを記録した超大型台風15号が九州を抜け下関に近づくのと、ボクが四国から広島に向かうのとほぼ同じ日時にぶつかってしまったのだ。
ゆっくり夏の瀬戸内を楽しみ、それから被爆70年のピースアートワークショップの一環として壁画を描こうというボクの甘い目論見は吹っ飛んでしまった。
泣く泣く四国の予定を一日繰り上げ、広島入りしたボクは15号の荒っぽい歓迎を受けた。
ホテルの窓からは、増水して白波が立つ元安川と強い風雨に煙る原爆ドームが見えた。
人影はなかった。
モノトーンに染まっていく街を見ていると、元安川に焼けただれた人々があふれていたという70年前の映像と世界のどこかで今も戦火の恐怖に逃げ惑う子どもたちの顔が重なり、ボクはあわてて合羽を着こみ、川に向かった。
川端の原爆ドームの前に立つと、木々が激しく揺れ、濁流の音がすさまじかった。
ドームの赤レンガや崩れたビルの瓦礫が雨水を吸って膨らみ、昏い空に翼を広げた大鴉のように見えた。大鴉は羽ばたき、奇妙な鳴き声を上げていた。
川辺で、その様子を見上げていたのは多分ボク一人で、その夜、ずぶぬれになったボクは発熱し、仲間たちと描く予定の「ゲルニカ」の絵に出てくる牛馬や死んだ赤子を腕に抱き泣き叫ぶ母たち、荒廃した街で瓦礫の道を逃げ惑う現代の子どもたちを繰り返し夢に見た。
台風一過、広島の空は気持ちよく晴れた。
海辺にある市立特別支援学校の新しい校舎で、壁画の制作には3日間かけた。
一日目はボクを招いてくれた広島・ひゅーるぽんの方々や先生たちと下絵の制作、二~三日目は高三と高一の生徒たちと制作。
気持ちのよい時間を持つことができた。
出来上がった作品には希望の種子が埋められているはずだ。
いつか、それが芽吹く日をボクは夢見ている。







2015/08/28

Vol.313 わんどのワークショップ



一週間前の蒸し暑い午前、ぷかぷか村のアート屋わんどでワークショップをやった。
ぷかぷか村というのは、vol.303「迷いに迷って、ぷかぷか・わんどに辿り着いた」でも紹介している横浜市緑区霧が丘にあるワーキングスペースで、障がいのある人やない人が一緒にお惣菜を作ったり、パンを焼いたり、カフェをやったり、アート屋さんもあったりする。
気のおけない仲間たちが集まるわんど(水辺の水たまり)みたいなところで、ボクはそこを「ぷかぷか村」と呼ぶことにしたのだ。
アート屋に集ってきたのは、3才の子どもから大人まで20人くらい。
みんなでやったのは、ボクのワークショップの定番「おしゃべりな森をつくろう!」。
これはもう何回か、ここでも紹介しているので、その内容は紹介しない。
紹介したいのは、このワークショップに参加したSさんから送られてきたメール。
ああ、こんな風に心が開かれて来るんだということが書かれている。
 「・・・・久しぶりのワークショップ参加だったので不安な気持ちも持ち合わせていたのですが、始まってしばらくすると楽しいし、周りの子どもたちの自由な発想に刺激されて、ふわっと解放されていくのを感じました。
 初めて会う人ともこういうことが起こるのが一緒に楽しむちからなんだなあと改めて感じました。
 みんなが楽しめる仕掛けもちりばめられていて、体験しないと分からないことがいっぱいあるな~と思いました。本当は臆病さを乗り越えて、もっとWS(ワークショップ)にチャレンジできたらいいんだろうなあと感じました。
自分に何が出来るのか悩みはつきませんが、手さぐりしていくしかないですね!では、また!」
ワークショップにはいつも一期一会的なドキドキ感があって、それに包まれるってことからワークショップは始まる。
そんなドキドキ気分は、多分、メールをくれたSさんだけでなく、参加してくれた近所のお母さんや子どもたち、ぷかぷか村で仕事をしている仲間たち、それからボクも同じで、そんな人たちを見ていると、ボクらは水辺に集ってきたザリガニやおたまじゃくし、あめんぼうのような気がしてきた。
で、ぷかぷか村のワークショップのイメージは、おしりを振ったり、腰をくねくね、ハサミをちょっきん、ちょっきん・・・そんな生き物たちの自由なダンスが広がっていくものになった。
Sさんのメールを読むと、それは多分うまくいったのだろう。
/ふわっと解放されていく感じ/一緒に楽しむちから/体験しなと分からないことがいっぱい・・・Sさんの言葉は、ボクのワークショップのキーワードで、ボクは水に向かってジャンプするカエルのように愉快な気分になる。
ああ、わんどっていいね。
いろいろな生き物が集った水たまりは、もう一つの生命のようにプルプル震え、いのちの歌を歌っている。
きっと、それは広大無辺な宇宙の中の小さな青い水たまりのわんどにも繋がっている気がする。






2015/08/25

Vol.312 夏の雨



日が陰ってくると、落ち着かなくなる。
余りにも暑い日は雨戸を10cmほど開けた暗がりの中にいて、冷房の風に吹かれている。
時々、室内は光が引くように薄暗くなる。
立ち上がり、雨戸のすき間から空を仰ぐ。
ワタシは待っているのだ。
夏の雨。
台風の余波のような豪雨ではない。
通り雨のような優しい雨。
やわらかな影のように街に広がっていく雨雲。
吹き抜けていく風。
乾いた地面に落ちる最初の一滴。
その一瞬をのがさず、ワタシも濡れたいのだ。
植物や虫たちと共に、雨水の祝福を浴びたいのだ。
で、陽が陰り、涼しい風が吹き始めると、
あわてて自転車にまたがり、雨雲を追って川沿いの道を走りはじめる。
草も木々も
流れの中の魚たちも、川エビも
夏の雨を待っていることが、ワタシには分かる。
陽射しに傷んだ時の衣を鳥も虫も川辺の石も脱ぎ始めている。
ワタシも疲れた表皮を脱ぐ。
川面が暗くなり、
遠くの雷鳴のようなものが皮膚に伝わってくる。
大気のはばたきのようなものが川をみるみる覆っていく。
そして待ち望んでいた、その瞬間がやってくる。
川辺は雨音に包まれ、
煙るような水が、夏の憂鬱を洗い流していく。
土手の草むらに手足を広げ雨に打たれていると、
逝ってしまった人々や思い出が蘇り、
ワタシの周りに集まってくる。






2015/08/21

Vol.311 つながりの作法/フェースってなに?



とても刺激的な本に出会ってしまった。
内容のほとんどに共感してしまったのだ。
本のタイトルは「つながりの作法/同じでもなく違うでもなく」(NHK出版)。
書いたのは、30才を過ぎてアスペルガー症候群の診断をもらった綾屋紗月と脳性まひの電動車いすユーザーで小児科医の熊谷晋一郎。共に東京大学先端科学技術研究センターの特任研究員と特任講師というポジションで、「発達障害当事者研究」などに取り組んでいる。
ん?「ハッタツショウガイトウジシャケンキュウ」?何のこと?
著者のユニークな肩書には魅かれるけれど、硬い本なの?って思っちゃうね。でもそうじゃない。キャッチコピーはこんな風に本を紹介してる。
“つながれないさみしさ”“つながりすぎる苦しみ”・・・アスペルガー症候群と脳性まひというそれぞれの障害によって、世界や他者との「つながり」に困難を抱えて生きてきた二人の障害当事者が、人と人とが「互いの違いを認めたうえでなお、つながるための条件とは何か」という現代社会の最も根源的な課題に挑む画期的な書。
要は、洪水のような情報と社会構造の流動化の中で不安を抱えて生きていかなければならないボクたちの “生きにくさ”や “つらさ”とどう向き合っていくの?と問いかける本なのだ。
その“つらさ”ともろに直面せざるを得ない障がいのある人の状況を中心に書かれているけれど、よくある“障がいのある人のための本”とは違う。
この本の内容をこの紙面で紹介する力量はボクにないので幾つかのキーワードを紹介する。
・<知覚・運動ループ>で世界と身体を更新する。
・共有されなければ意味は生まれない。
・密室をほどいて結び直す。
・言いっぱなし聞きっぱなし空間。
・空気を読まない工夫―自分の語りに集中する。
・仲間と共に自分を生み出す。
・世界や自己のイメージを共有する。
・暫定的な「等身大の自分」を共有する。
・おいてけぼりをやわらかく包みこむ・・・・
こんな風に、幾つかをピックアップしてみると、これってフェースの空間、仲間たちの在り方に似ているぞって思う。
フェースは仲間たちが“アート”をしに来る場所で、言葉で自分を表現したり考えたりすることは苦手な人たちが多い。
アートは本来、個人的な表現活動だからわざわざ集まって描く必要はないのだけれど、それでも仲間たちが集まってくるのは、描くことが仲間たちのおしゃべりや“等身大の自分を生み出す”行為になっているからじゃないかとよく思う。
言葉を介さずに、仲間たちはとても雄弁に絵を通して、あるがままの自分を語り、あるがままの仲間たちを受け入れる。
そこは緩やかな言いぱなし、描きぱなし空間で、落ち込んで、騒いだり、置いてけぼりになった仲間も、そのまま受け入れられる。それが別に悪いことじゃなく、その時はそういう気持ちだったんだって、みんな分かってるようなのだ。
それからきっと、そんなみんながいる空間が自分たちには大切で、居ごこちのよい場所なんだってことも分かってる。(誰も言わないけれど・・・ね) だからもう何年も続いているのだろう。(と、ボクは一方的に思ってる)。
フェースの仲間たちは当事者研究の権威なのかもしれないね。
障がいのあるなしに関わらず、こんな空間が街のいたる所に生まれたら、現代社会に生きる“さみしさ”や“つらさ”も少しは軽減するんじゃないかと思うのだ。