このホームページを一緒に作ってくれるCURIOUSのみなさんから、こんな部屋をいただいた。
「なにをかいてもいい」って言われ、「ホントにいいの!」ってもう一度聞いたら、 「もちろん!」と嬉しいお言葉。
ヤッター! つまんないことを書くかもしれないけれど、ぜひお友達を誘って遊びに来てくださいね。

2016/04/29

Vol.350 湘南vividアート展/評価を求めない作品たちの展示



先27日から第三回湘南vividアート展が始まった。
134点の作品たちが全国から集まった。
次々と持ち込まれる作品の梱包を解き畳に並べると、作品たちはすぐに手足を伸ばしてゴロゴロ。
その自由奔放な姿、
傍若無人な自己主張、
てんでばらばら方向感に頬を張られたような気分になる。
この人たちを87年前の米屋を改造したギャラリーの壁にとり付けていかねばならないのだ。
彼らが10日間を過ごす建物は大正時代の商家の構造(古びた鴨居や板戸、煤けた塗り壁、足元のおぼつかない土蔵や廊下)をそのまま残していて、ワタシたちがイメージする美術館やギャラリーのフラットで清潔な明るい直方体とは大きくかけ離れている。
狭い出入り口、凹凸だらけの壁面、薄暗い急階段、波打つ古畳には掘りこたつが落とし穴のように口を開けている・・・バリヤーフリーもあったもんじゃない。
高い天井に大きな神棚、壁に組み込んだ古金庫、和室の片隅に真っ黒な仏壇、そこかしこの暗がりには確かに真っ黒くろすけや顔なしのような精霊も棲みついているかもしれない。(最近はハクビジンが棲みついているという噂もある)
だから、やわな作品じゃここで10日間も過ごすことは大変だろう。
一点一点が強烈な個性を持たなければ、建物自体が持つ妖しい個性に飲み込まれてしまうのだ。
そんな彼らを、ワタシたちが既成のイメージで展示していこうとすると、「お前さんたちの感性や魂胆に従うために長旅をしてここまできたんじゃないよ」という無言の抵抗が伝わってくる。
これは実際、展示にかかわったものでなければ分からない感覚かもしれないけれど、やはり能書きをたれない展示、直観に従う展示が結果的にはよいのだ。
彼らは評価を求めない。
あるがままにそこにあろうとしている。
作家個人の苦悩や美意識、受けを狙った技法・・・そんなものから自立した作品たちこそが、この空間では自在に息をすることができるような気がする。
で、ワタシたちは、散乱した作品たちの荒野に立ち尽くして、しばらくため息をつくのだ。
作品をもって、土間や上がり框や土蔵を行ったり来たり、作品たちの相性もあるだろうからもう絶望的な気持ちになって展示作業に没頭するのである。
さて、どんな空間が生まれたのか?
それは実際に会場に来ていただいてのお楽しみ。
ぜひ、足をお運びください。
■第三回湘南vividアート展
4月27日~5月6日(11時~18時、最終日は15時)
会場:蔵まえギャラリー(藤沢駅徒歩7分)




2016/04/22

Vol.349 石のことば



先週末、横浜の赤レンガ倉庫にミネラルフェスタを観に行った。
会場は相変わらずの鉱石マニアでにぎわっていて、ゆっくり石を見ることはなかなかできない。それで最初は足早に会場を回り、それから気になった石の置かれた店先で時間をつぶした。
ボクは鉱石コレクターではないので最初から特定の石を探しているわけではない。
偶然出会った石との会話を楽しめれば、それで十分なのだ。
絵本「ねっこのルーティ」でも書いたが、石がボクを呼んでいるという感覚に囚われることがよくある。
たとえば、窓辺に置いているフローライト(蛍石)に朝日がさしているの見ていると、その透明なグリーンの奥に影のようなものが見えてきたりすることがある。 それが氷山に閉じ込められた人影に見えたり、絶滅した生きもののように見えたりする。
石をつまんでいろいろな角度で光を当てていると、いくつものイメージが湧いてくる。
多分それが、僕に語りかけてくる石のことばなのだろう。
海岸や河原に行くと、いつもポケットに入るほどの大きさの石を拾ってくる。
丸くすり減ったなんの変哲もない石だけれど、灰青色の表面にT字状に白い線が走っているのを見つけたりすると、だれが書いたサインなのだろうと考え込んでしまう。
優雅に書かれたこのTサインはどこかで見たことがある。
羽ペンで書かれたようななめらかな曲線・・・。
T、T、T・・・T.S.エリオット・・・思い出した。
100年前に長詩「荒地」を書いたイギリスの詩人のサイン。
で、ボクは、その石を「エリオット」と名付けたりする。
そんな風にボクは石と一人遊びするのだけれど、フェースの仲間たちの作品にもそんな石のことばを発するものに出会うことがある。
例えば、これは最近、フェースで絵を描くようになったS君の初めての作品「First Line」。






彼は身体に障害のある青年で、ローラーやクレパスや指で自分の線を表現することに取り組んでいる。ゆっくり肘を伸ばしたり、手首を動かしたりして、そこから生まれてくる線を楽しんでいる。
ボクは、そんなS君の線が重なり合うオリジナルな世界が生まれてくればいいなあと思いながら、まるで原石を眺めるようにS君を見ている。
この作品は、そんなS君の断面のように、いろいろな結晶の入り混じった線(Line)が縦横に紙面上を走っている。
何かが僕に語りかけている。

下の絵は「美しい鉱物」という本の表紙を模写したTARO画伯の作品。
例によって、あいまいさを排除した画伯特有の明確な色彩と形で表現されている。
蟻を閉じ込めたメノウやトルコ帽を被ったようなガーネット、星を閉じ込めたエメラルドを見ていると、童話のような石の世界にひき込まれそうだ。
石のことばは多様で面白い。




2016/04/15

Vol.348 枝打ちされた梅の木



小雨の朝、「枝打ちされた梅の木」と名付けられた画像がHさんから送られてきた。
暗い赤の入り混じる斜線が画面を激しく横切っている。
ただならぬ熱気と大風が辺りを包んでいる。
梅の木は焼け焦げた背骨のように荒れ地に突き立っている。
木の根元には影とは違った黒いものが広がっている。
それは彼が住んでいる古い木造アパートのようにも見える。
焼け落ちたような家屋。
それは闇を背負っている。
昔、こんな風景の前で立ち尽くしていたような気がする。
梅の頂近くには黒々と二つの穴が描かれている。
その奥には虚無のようなものがある。
じっと見ていると、それはカラスの目のようにも見えてくる。
確かに目の間には鋭いくちばしのようなものさえある。
カラスは翼を広げ、地面を睥睨している。
しかし、この目は何を見ているのだろう?

ワタシは彼に以下のようなメールを返した。
描カナケレバ生キテイケナイ、ギリギリノ想イガ伝ワッテキマス。
背景ト一体トナッタ荒々シサヤ孤独感ガ心ヲ打チマス。
長谷川利行ノ絵ト通ジルモノガアリマスネ。

先月、HさんはS市で精神障がいのある方々と「あ~とする会」という集まりをスタートさせた。
何度も挫折しながらやっと発足させた会である。
彼はそこにどんな希望を育てようとしているのだろうか?
「枝打ちされた梅の木」は、そんな彼の希望の姿のようにも見える。




2016/04/08

Vol.347 花の下を通って



こぶしの花が舞う空の下を自転車で走った。
川沿いの道に出たときは、このまままっすぐ海に下ろうと思った。
川沿いの道は花盛りである。
柔らかな春風に吹かれながらペダルをこいでいると、今年もどうにか走れることができたと安堵するものがある。
毎年、この季節に30km少しの道を2時間かけてゆっくり走るのだ。
川辺の小さな花や遠くに丹沢を見ながら、いくつもの時間をさかのぼる。
残り少ない人生の端を走っている自分の姿が見えるような気になる。
今年は、その道を途中で右に折れた。
Mさんの個展がそこから遠くないかわうそギャラリーで開かれていることを思い出したからだ。
田園の中にあるギャラリーを覗いて、海に出てもいいなあというゆるゆる気分で湘南台の駅前を抜け、藤沢北警察署の前を過ぎ、慶応大キャンパスの長い坂道を上るころには、息も上がってへろへろ状態。
人生は平坦な道ではないことを思い知らされたのであった。
しかし、ギャラリーはよかった。
というか、Mさんの作品が存在する静かな空間は美しかった。
突き当りの細長い窓からは明るい緑の田園が広がり、陽ざしが室内に伸びていた。
Mさんの作品は一点一点が鼓動しているように見えた。
それぞれに丁寧なキャプションがつけられ、言葉も一葉の作品のように淡い影を作っていた。
いわば、小さな室内全体が陽ざしや床の影や壁面の言葉や絵画を精妙に組み合わせた一つの作品のように観る者を包み込んでいるのだ。
その真ん中に立って、Mさんの鼓動のようなものを聴いていると、表現されたモノと表現した者の孤独感とか緊張した関係が室内を流れているような気になってくる。
生きていること/生きていかねばならないこと・・・
Mさんの表現は、その言葉の表面を幾度も手探りし、傷つけ、透明な血を流しているように思える。
窓辺に立ち、木々が揺れているのを見ていると、きょうは海に行かず、このまま帰ろうと思った。




2016/04/01

Vol.346 ピカソさんの悲しみ



花曇りの早朝、藤沢でギャラリーをやっているSさんから奇妙なメールが送られてきた。
何の前置きもなく、「ピカソのことば」が羅列されているだけ。
寝起きの頭にメールの言葉はうまく像を結ばない。
こんな言葉が並んでいるのだ。
「芸術とはわれわれに真理を悟らせてくれる嘘である」
「今はもう感動はない。だから感情が湧くのである。感動には叫びはあるだろうが、言葉はない」
ん?
ボクの中では、ゲージツ(芸術)という言葉はすっかり死語になっているので、芸術という言葉のイメージ(その社会的権威とか価値観とか影響力とか・・・?)は、ピカソさんの生きていた時代のそれとはかけ離れているに違いない。
それでも、100年も前にピカソさんは、芸術という既成の権威がもつ言葉にうさん臭さを視ていたに違いない、とボクは思うのである。
ボクの中でTシャツ姿のピカソさんは腕組みをしてつぶやくのである。
「普遍的な美というものなんてないぜ、あるのは一人ひとりの表現だけだ。それだけがかけがえのない絶対的なもの。どれを選ぶかというと、最終的には好き嫌いの世界にすぎない。そこに普遍的な価値観(嘘)を持ち込み、序列化するのは、表現を商品にして食い物にしようとする画商や美術学校の権威筋・・・ぶつぶつ」 当時、最高の芸術家として世界に認められていたピカソさんは、そんな風にして自分に着せられた芸術の王衣をかなぐり捨てようとしている風に見える。
だから、ボクは『芸術=真理を悟らせる嘘』と断定するピカソさんに感動する。
もしかしたら、すっかり老いたピカソさんは何もかもにうんざりしていたのかもしれない。
かっては感動に突き動かされるように描けたものが今はもう描けない。
感傷的な感情に浸されるだけである。
その老年の口惜しさが『感動には叫びはあるが、言葉はない』と言わせたのかもしれない。
画集の表紙を飾るピカソさんの大きな目は悲しみに満ちているように見える。
Sさんのメールは、以下のピカソのことばで終わっている。
「対象を見えるようにではなく、わたしが思うように描くのだ」 「子どもは誰でも芸術家だ。問題は大人になっても芸術家でいられるかだ」
もし時間を超えることができるなら、ボクはピカソさんをフェースの仲間たちのところに連れてきたいと思う。
見えるものではなく、思うものを仲間たちと一緒に描くピカソさんはきっと幸せに違いないと思うのだ。